日本の禍機 日本に対する世評の変化

日本に対する世評の変化

日露戦争後、驚くべき速さで世界の日本を見る目が変わっている。いかなる外人に接しても自分への態度が違うことは一瞬でわかる。
一般の俗衆はただ漠然と日本を疑い、恐れ、憎んでおり、理由を尋ねると、日本は戦勝で調子に乗って近隣を併呑し、欧米の利害にも深い影響を及ぼすようになったからだという。その証拠を尋ねると、日本の兵備の進歩、満韓における挙動を指し、疑う余地がないという。その疑いを解こうとしても複雑な問題に立ち入らないといけず、相手はかえってこれを信じずに単明な偏見を固守するだけだ。
多少東洋について注目している識者は兵備については理解を示すが、次の点を非難している。日本は戦前も戦後も繰り返し天下に揚言している根本の二大原則に背きつつある。

  1. 清帝国の独立および領土保全
  2. 列国民の機会均等

日本はどこでこれに背いているのかと尋ねると、韓国は日本の保護国なので暫く措くも、満州においてはひどいと答える。

欧米の新聞紙上では、日本の満州における不正を訴える通信が続々発表される。通信のまま信じないもの、信じて日本を恨むもの、日本のために憂慮するもの、どこの国もやっている悪事だと寛容するものもいて態度は一様ではないが、日本の戦前の公言は一時世を欺くための偽善にすぎず、今はかえって満洲および韓国で私意を逞しくしているという見解は万人一致して、このように思っていない外人は極めて稀。
戦前、世界が露国に対して持っていた悪感は、今は日本へのものとなり、当時日本にむけられた同情は支那にむけられている。

満洲を領する支那

北清事件以降の日本の尽力、支那が了承したこともあり、戦時には日本が犠牲を払って満州を支那のために保存したにもかかわらず、満州にも支那本部にも日本の恩を感じ日本を愛する人は幾人いるのか。日本が宿志のごとく支那を助けて東洋の文化を助成したことはおろか、支那こそは満州における日本の横暴侵略を世に訴え、世は支那の言い分に同情し日本を擯斥(のけもの)している。

清漢にたいする欧米人の態度

日本を弁護して、支那の言い分は妥当ではないというものを聞かない。多くは日本を忌み、支那が言っていない点にまで日本の私曲を鳴らし、日本を不利に陥れようとするように見えるものもある。

豪州

日本を嫌う念、旺盛。母国英国が日本の同盟国であることを怨み、母国よりも米国に好意を表する傾向すらある。

加奈陀

カナダにも日英同盟を憤るものがあり、日本移民問題に悩む太平洋海岸に著しい。

英国

日本と同盟しているため利を得ていることは少なくないが、(日露)戦後は日英同盟を喜ばないものが増えていることは誰もが認めるところ。満州および支那内地における実利競争が日本の不公平の施政にははなはだしく害せらるべきを患うることまたその一因なるに似たり。一旦不平の目を持つと、日本を憎む理由は其処彼処に現れる。
印度人の不穏な動きは、東洋人種が日本の勝利に鼓舞された結果と信じるものが多く、日本が作為したのではないとはいえ、日英同盟を嫌う人を増す動機となった。
英露協約(1907)はヨーロッパの二大強国がアジア民族の跋扈を防ぐためにあるという論に勢いがある。この論は動機と影響を混在しているものだが、英国識者間に盛んである。
英露協約は戦後の新事情や日英同盟があればこそ容易に成立したものだが、今はこの協約があるので日英同盟は不要、同盟(日本)からくる害を協約で救うものだと論じるものもある。満期以降、日英同盟を継続しないことは英国内の有力な一部の主張でありつつ、世界多数の識者が祈るところとなった。

米国

古来日本と親善関係を有していたが、米国人が(日露)戦前、戦時日本に同情を評したのは日本の公言が支那主権、門戸開放を主張する正義の声によるものが多い。しかし、日本の私曲を耳にするようになり、日本が背信と私曲で東洋で威勢をはるなら、列国の公平競争は大いに妨害されるので、日東洋の正義を擁護して列国競争の公平を主張する責任を必然的に果たさないといけないだろう。日本と刃を交える不幸も冒さないといけないかと患うる識者も少なくない。過去の親善は将来にも多少の影響はあるが、今後は政敵になっていくのではないか。
読者は移民問題の暫時解決や米国艦隊の歓迎等、かりそめの表面的な光明に目眩して、裏面の暗黒を忘れてはいけない。
米国は過去の政策、未来の利害から東洋の正当競争を固く主張せざるをえない地位にあり、そのためには国力を傾けて遂行も辞さない決心を有している。将来清国に関して米国と刃を交える国は、どこであっても私曲のために戦うものと世に見なされるのではないか。

清国の領土保全、機会均等が日本開戦の一大理由でポーツマス条約の主眼。日本は100万の兵を動かし、20億円を費やし国運を賭けてこの二大原則を主張し勝利したが、清国自らが日本を主権侵略の敵とし、世界も日本を機会均等を破る張本人とみなすようになった。戦後の優勢をもって遂行しようとする日本は、露国よりも一層偽善で平和撹乱者と。ここまで奇異で急速な変化はかつてあったか。

日本自らは多くの弁解をせず、政府も南満州鉄道会社も門戸開放主義を離れていないことを抽象的に宣言するだけで、世界が知らない事情も説明していないようなもの。日本当局の心中を察すると、満州に関する世論は一時の現象で沈黙していれば自然消滅する、自ら弁護するのはかえって疑惑をます所以と思っていたのではないか。
短期間の間に世界に及ぶ対日本疑惑は一時の現象なのか。