オイディプス王・アンティゴネ

オイディプス王・アンティゴネ(福田恆存訳)、ギリシャ悲劇は初めて読んだけどあっという間に読んでしまった。思っていた以上に読みやすくて面白い。ただ面白いだけではなく、自分にどう生きたいのかを問うてくる。これが文学の力か。

生まれる前から呪われた運命を背負わされているオイディプス王だけど、ああなっても、それでも自殺しないんだな。オイディプスには敬意を覚えるし、月並みな言葉だけど生きる勇気も湧いてくる。

ラストに「誰にせよ、最後の日を迎えるまでは幸福な男と呼んではならぬ」とあるけど、「不幸と呼んではならぬ」とも言える。

オイディプスのように呪われたとしか言いようのない人生でも、自ら終わらせずに生き切った時、呪われた運命に屈しなかった時、彼の人生を不幸と片付けることはできない。「シーシュポスは幸福なのだと想わねばならぬ」とあるように。

アンティゴネのような勇敢さを持ちたい。

ある先生が「文学とは人生、価値観を変える力を持つもの」と、そして別のある先生は「真実とは時に非常に厳しいものだが、一度真実に楔を打ち込まれた者は真実を無視することはできない」と言っていたけど、そういう力がある。

九鬼周造随筆集

九鬼周造随筆集(岩波文庫)の中にある「祇園の枝垂桜」が良い。

枝垂桜を美の神と称して、その美の神のまわりのものはすべてが美で、すべてが善だという。酔漢が一升徳利を抱えて暴れているのもいい、路端で立小便をしている男も見逃してやりたい、この桜の前なら悪くないという。

むしろ逆だと思っていた。それこそなんて野暮なことをするんだと、美を汚すなと、もっと厳しいというか堅苦しい人を想像していた。

すべてを許してしまう美か。美はすべてを包摂してしまうのかな。

日本の禍機 満州における日本に対する世の疑惑の由来

反動説−感情的反対者−利害的反対者

反動説

それまでの過度の好評が転じた自然な反動では。朝河自身も一理あるとする。従来欧米における日本賞賛はその中に反動の分子を含んでいたため、十数年外国にいて心からこれを喜んだことはない。何故に今、反動が怒っているのか。何故この反動が東西洋に普及したのか、また、満州に関して特に一定の形で現れ出たのは何故か等の説明には不十分。

感情的反対者

(日露)戦前より感情的に日本を「忌むべき小癪者」とした欧米人が若干いた。戦争中日本の軍隊から充分な便宜を得られなかったことを憤って日本を嫌うに至った従軍の軍事通信者もいた。これらは些事ではあるが関係は浅くない。施錠を利用して盛んに日本に不利な言論をして日本の私曲を信じさせた論客の幾分かはこの種の人々。
ただし彼らは現在の形勢の主因ではない。世情が傾いているからこそ、彼らの言論も時を得ている(だけ)。

利害的反対者

清韓でビジネスをしている外人。支那本部、満州で着実に進歩しているドイツ商人、揚子江航業、貿易、北清鉄道等に利害関係が深い英国商人、満韓の貿易上重要な地位を占めており今後に希望をもっている米国商人。日本人がドイツ人の着実な活動を恐れる以上に侵蝕ぶりに圧倒させられていることを恐れていることが報告にも明らか。
英国人は支那における地盤が古く固い分、日本の競争を喜んでいない(マクベーン事件)。独英米の外商は利害が急なあまり、些細でも日本の満州における不公平を疑えば、これを放置できない。また、計算(利益)に明知を覆われて誤解に陥ることも少なくない。自己に都合の良い曲解を用いることもある。日本に利がある論点はまったく知らないかのごとく発しない。
彼らの日本に対する態度は、日本居留地の欧州商人が日本の条約改正に反対した時の態度に似ている。なんとなく日本を眼下に見ているから、その失敗を嘲り、成功を憤る。特にその成功が彼らの利害と関係するとなれば、日本は悩ましい国となる。しかも、彼らは東洋に居住しているから、日本が黙っている以上は欧米の満州に関する知識はこのような商人の通信に依頼するほかない。満州のような重大な問題に関して、世論のほとんどが少数商人の私利の念から発せられた報道に左右されている今日のようなことは、史上稀有の珍事で、これで生じた害毒は恐るべきもの。

けれど、朝河自身は起こっている世情の主因は上記では足らず、もっと他に求めるべきだとする。それは(日露)戦後満州における日本の地位が、人類有史以来極めて特別なことだという。

日本の禍機 日本に対する世評の変化

日本に対する世評の変化

日露戦争後、驚くべき速さで世界の日本を見る目が変わっている。いかなる外人に接しても自分への態度が違うことは一瞬でわかる。
一般の俗衆はただ漠然と日本を疑い、恐れ、憎んでおり、理由を尋ねると、日本は戦勝で調子に乗って近隣を併呑し、欧米の利害にも深い影響を及ぼすようになったからだという。その証拠を尋ねると、日本の兵備の進歩、満韓における挙動を指し、疑う余地がないという。その疑いを解こうとしても複雑な問題に立ち入らないといけず、相手はかえってこれを信じずに単明な偏見を固守するだけだ。
多少東洋について注目している識者は兵備については理解を示すが、次の点を非難している。日本は戦前も戦後も繰り返し天下に揚言している根本の二大原則に背きつつある。

  1. 清帝国の独立および領土保全
  2. 列国民の機会均等

日本はどこでこれに背いているのかと尋ねると、韓国は日本の保護国なので暫く措くも、満州においてはひどいと答える。

欧米の新聞紙上では、日本の満州における不正を訴える通信が続々発表される。通信のまま信じないもの、信じて日本を恨むもの、日本のために憂慮するもの、どこの国もやっている悪事だと寛容するものもいて態度は一様ではないが、日本の戦前の公言は一時世を欺くための偽善にすぎず、今はかえって満洲および韓国で私意を逞しくしているという見解は万人一致して、このように思っていない外人は極めて稀。
戦前、世界が露国に対して持っていた悪感は、今は日本へのものとなり、当時日本にむけられた同情は支那にむけられている。

満洲を領する支那

北清事件以降の日本の尽力、支那が了承したこともあり、戦時には日本が犠牲を払って満州を支那のために保存したにもかかわらず、満州にも支那本部にも日本の恩を感じ日本を愛する人は幾人いるのか。日本が宿志のごとく支那を助けて東洋の文化を助成したことはおろか、支那こそは満州における日本の横暴侵略を世に訴え、世は支那の言い分に同情し日本を擯斥(のけもの)している。

清漢にたいする欧米人の態度

日本を弁護して、支那の言い分は妥当ではないというものを聞かない。多くは日本を忌み、支那が言っていない点にまで日本の私曲を鳴らし、日本を不利に陥れようとするように見えるものもある。

豪州

日本を嫌う念、旺盛。母国英国が日本の同盟国であることを怨み、母国よりも米国に好意を表する傾向すらある。

加奈陀

カナダにも日英同盟を憤るものがあり、日本移民問題に悩む太平洋海岸に著しい。

英国

日本と同盟しているため利を得ていることは少なくないが、(日露)戦後は日英同盟を喜ばないものが増えていることは誰もが認めるところ。満州および支那内地における実利競争が日本の不公平の施政にははなはだしく害せらるべきを患うることまたその一因なるに似たり。一旦不平の目を持つと、日本を憎む理由は其処彼処に現れる。
印度人の不穏な動きは、東洋人種が日本の勝利に鼓舞された結果と信じるものが多く、日本が作為したのではないとはいえ、日英同盟を嫌う人を増す動機となった。
英露協約(1907)はヨーロッパの二大強国がアジア民族の跋扈を防ぐためにあるという論に勢いがある。この論は動機と影響を混在しているものだが、英国識者間に盛んである。
英露協約は戦後の新事情や日英同盟があればこそ容易に成立したものだが、今はこの協約があるので日英同盟は不要、同盟(日本)からくる害を協約で救うものだと論じるものもある。満期以降、日英同盟を継続しないことは英国内の有力な一部の主張でありつつ、世界多数の識者が祈るところとなった。

米国

古来日本と親善関係を有していたが、米国人が(日露)戦前、戦時日本に同情を評したのは日本の公言が支那主権、門戸開放を主張する正義の声によるものが多い。しかし、日本の私曲を耳にするようになり、日本が背信と私曲で東洋で威勢をはるなら、列国の公平競争は大いに妨害されるので、日東洋の正義を擁護して列国競争の公平を主張する責任を必然的に果たさないといけないだろう。日本と刃を交える不幸も冒さないといけないかと患うる識者も少なくない。過去の親善は将来にも多少の影響はあるが、今後は政敵になっていくのではないか。
読者は移民問題の暫時解決や米国艦隊の歓迎等、かりそめの表面的な光明に目眩して、裏面の暗黒を忘れてはいけない。
米国は過去の政策、未来の利害から東洋の正当競争を固く主張せざるをえない地位にあり、そのためには国力を傾けて遂行も辞さない決心を有している。将来清国に関して米国と刃を交える国は、どこであっても私曲のために戦うものと世に見なされるのではないか。

清国の領土保全、機会均等が日本開戦の一大理由でポーツマス条約の主眼。日本は100万の兵を動かし、20億円を費やし国運を賭けてこの二大原則を主張し勝利したが、清国自らが日本を主権侵略の敵とし、世界も日本を機会均等を破る張本人とみなすようになった。戦後の優勢をもって遂行しようとする日本は、露国よりも一層偽善で平和撹乱者と。ここまで奇異で急速な変化はかつてあったか。

日本自らは多くの弁解をせず、政府も南満州鉄道会社も門戸開放主義を離れていないことを抽象的に宣言するだけで、世界が知らない事情も説明していないようなもの。日本当局の心中を察すると、満州に関する世論は一時の現象で沈黙していれば自然消滅する、自ら弁護するのはかえって疑惑をます所以と思っていたのではないか。
短期間の間に世界に及ぶ対日本疑惑は一時の現象なのか。

日本の禍機(前編 日本に関する世情の変遷)

人生最大の難事には、周囲の境遇・一時の感情や利害から離れて考えるべし。克己とはそういうこと。特に危機ではこれが最も必要なこと。

輿論には霊妙不可思議の圧力(山本七平:空気)があって、賢者でもその思想行為を空気に支配されないものは稀。

日本は隆盛を謳歌しているが、1つの危機を通過して他の機器が迫っているのではないか。日露戦争後日が浅いから、既に早く別種の危機が迫っていることに気づかないのも無理はないし、2つめの危機は1つめとは性質が全く異なる。戦争は国民を鼓舞するが、今日の問題は抽象的で複雑、一見すると平凡で人を動かす力に欠ける。この解決に必要なのは突き抜けた先見の明と堅硬な自制心であり、戦闘とは異なる。
このことを見抜いているごく少数の識者もいるが、大多数は目前の利害以上を見る余裕がなく、問題の解決どころか、何が問題かを告げることすら難しい。
日本に必要なのは「反省力ある愛国心」。

輿論の圧制(空気)を恐れず反省する習慣を得ることを望むのみ。

日本国運の問題はとても広範囲に及ぶので楔というほどに重大な満洲問題についてのみ論ずる。

個人間も国家間も、相手の自分への感情は誤見を含んでいるため、これを本位(基準)に自らの方針を立てるのは愚かなことだが、孤独でない以上は世の評判を免れることはできないし、交わりも親密になればそれだけ利害にも影響する。
公平に観察する場合は、周囲が自分を取り囲んで見るのはかえって良いことだ。相手の方が長けていたら世評に刺激されて対等になろうと奮発するべきだ。維新以来、日本の進歩はこのような刺激によるところが浅くない。列強と肩を並べるようになっても、神でない自分には見えていないところもあるし、誤った世評の中にも自分を啓発することが多いのは欧米諸国間の相互の批評練磨を見て知るべき。